役所の事業多すぎ!現役公務員(観光課勤務)の方からコメントをいただきました!

こんにちは、シュンです!

いつも当ブログをご覧いただき感謝しております。ありがとうございます!

 

今回は、現役の市役所職員(観光課勤務)の方から、ある記事に共感し、また、同記事をきっかけにして業務に攻めの姿勢で臨めているといったありがたいご意見が寄せられましたので、ぜひ共有をさせていただこうと思います。

 

このブログを開設した目的として、「これから公務員になりたい方に対する試験対策のアドバイス」と「公務員の実態について色々と書くことで公務員になりたい方や現役の方の参考になれば」ということがありますので、今回のようなご意見をいただけたことは本当に嬉しく思っています。

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ご連絡をいただいた市役所職員の方について

コメントをいただいたのは、某市役所の観光課勤務7年目、20代の男性の方です。

 

過去、公務員の仕事のレベルやモチベーションの低さに疑問を抱き、転職活動もし、大手企業に内定も貰った(結果的には辞退したとのことです)という非常に行動的かつ意識の高い方です。

 

こういった意識の高い優秀な公務員の方から記事に共感したと言っていただけるのは本当に嬉しいです!

 

職員の方が共感を覚えた記事について

具体的には以下の記事に特に共感を覚えていただいたとのことです。

公務員の仕事内容について思うこと〜エッセンシャル思考を読んで〜

 

こちらは、「エッセンシャル思考」という本を読んで、公務員の仕事とはどうあるべきかということについて書いた記事です。

 

記事の内容はざっくり言うとこんな感じです。

 

  • 自分にとってどうでもいいものは捨て、本当に重要なことをやることに特化していけば、成果も上げられるし、幸せにもなるというのが「エッセンシャル(本質)思考」。
  • 一方、役所は事業ばかりがやけに多く、かつ成果が生み出せないようなどうでもいい事業が多数存在している
  • その役割分担も適当(ただの当てはめであり、本人の適性は無視)
  • 本質にのっとれば、各人の適性に合った業務を、各人の役割を明確にした上で配分し、しかも、より少ないもの(より重要なもの)に絞ってやっていく方が効果も圧倒的に大きいということになる
    →本来はそういう議論こそ組織の中で優先されるべき
  • とはいえ現実的には、対議会とのしがらみなどによりどうでもいい事業が増えていくといった側面があるので、まずは個人レベルから意識して取り組む(積極的に事業をスクラップする、どうでもいいオーダーにはNOと言うなど)ことが、より人生の時間を生産的に使うことに繋がっていく

 

なお、首長や議会との関係(首長や議員は選挙があるので当然たくさん事業をやりたい)や上司が上にいい顔して出世したい、または干されたくない、といったしがらみがある中で、役所の事業が本質からズレて増えていくというのは、最早組織的にどうしようもないなという感じがあります。

 

ただ、問題は、担当者レベルでも訳の分からない事業をどんどん提案したりするという点です(スクラップするという代替案も出さずに)。

 

こういう方は、そこに面白みを感じているのかよく分からないのですが、厳しいことを言えば、年収200万なのに世界中の五つ星ホテルに泊まろうとしている(収支を全く無視している)とか、1日しかない日程の中で沖縄と北海道を同時に楽しもうとしている(目的が定まっていないので成果が出ない)というくらい滑稽なことをしていると思います。

 

なので、この記事で書いたような本質的な点に共感を覚えてくださる公務員の方がいらっしゃるのは、一住民の立場としても本当に嬉しいです。

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市役所職員の方からのコメントについて

ご了解をいただいた上で、具体的なコメントを掲載させていただきます。

 

観光課に異動してから、何でこんなに業務が多いのかって思ったことがあったんです。
業務分担の振り分けが下手だなーと内心感じたこともありましたが、業務を切り捨て、重要な業務に集中するっていうところに感銘を受けました!

役所も無駄に新事業ばかり打ち出しますからね。個人的にはいまある事業をブラッシュアップするか削って、大事な事業の予算に回した方がいいなとも思ってました笑

 

こういう視点を持っていらっしゃるのは本当に素晴らしいなと思います。

 

多くの方がそう思っていながら、強固な組織文化の中に取り込まれてしまっているというのが実態なのかもしれませんが・・・。

 

→ただ、そういった問題意識も無く、これが仕事なんだと思って一生懸命やる人、もしくは面倒くさいなと思いながら淡々とこなす人、成果という本質的な部分は無視して仕事をやった感で満足する人が大半だったような気がします・・・。

(決してそれが悪いとは言いません。それで本人として幸せならいいわけなので。ただ、税金を使われる側としては非常に納得いかない部分がありますが。)

 

ブログを読んで、共感できる点や改めて考えさせられた内容とあり、仕事に対して攻めの姿勢で取り組めています。

こちらのコメントが何より一番嬉しいです!

本当にありがとうございます!

 

おわりに

今回のような応援コメント(しかもそれが現場で役に立っている)をいただけるとブログ運営をやっていて本当に良かったなぁということを実感します。

 

今後も引き続き、皆様のお役に立つような記事を書いていきたいと思っていますので、記事下のコメント欄やお問い合わせフォームから、ブログに関するご感想や、こんな記事を書いて欲しいといったご要望などをいただけますととても嬉しいです。

 

今回も貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当にありがとうございました!

 

>>こちらの記事もオススメです。

【若手向け】公務員の仕事の原理原則は何かについて元県庁職員が考えてみた。

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2 件のコメント

  • 拝見させていただいて、ちょっと思ったことがありましたので書かせていただきます。

    このページを読ませていただいて思ったのは、「仕事」と「労働」についてです(どこかのウェブページに書いてあったのですが探しても見つかりませんでした。かなりわかりづらいと思いますが以下にがんばって書きたいと思います。イメージとしては数学のあの丸い「集合」をイメージしていただいて、「仕事」の集合Aと「労働」の集合Bとが一部重なり合っている(=一部重なっていない。円集合Aと円集合Bがずれて重なっている。)状態をご想像いただければと思います)。
    「仕事」とは、その人がやりたい、あるいは、やるべきと思っていること(お金がもらえないことも含む)。ここには職業以外の私的な活動も含みます。
    一方「労働」とは、お金をいただくためにやること。「仕事」と違って、「労働」にはやりたいこと、やるべきことだけでなく、やりたくないこと・納得できないことも含まれると考えます。
    つまり、「仕事」と「労働」とはもともと別のもの(別の集合)ではあるけども、重なる部分がある。つまり、「労働」の中で「やりたいこと、やるべきこと」は「仕事」に含まれる(=「仕事」かつ「労働」)一方、「労働」の中の「やりたくないこと、納得できないこと」は「仕事」に含まれない(=「労働」ではあるが「仕事」ではない)と考えてます。

    公務員には確かにおっしゃるような悪い面もあると思いますが、公務員の職業も万能ではなくてその人の感じる長所短所があると思います。どんな職業や職場であってもその人にとって都合の悪い面(=「労働」だが「仕事」ではないと感じる部分。円集合AとBとが重ならない部分。)は完全にはなくならないと思います。
    シュンさんの場合は、公務員の職業があまりにも納得いかない部分が多かった(シュンさんとしては、「労働」だと感じる部分があまりにも多かった。円集合AとBとがずれ過ぎていた、あるいはずれたくない・譲れない部分がずれていた)ために離職されることになったのかなと思いました。

    私はいま大卒後2年間務めた民間を退職して公務員を目指しておる25歳のものですが、もし仮に公務員に合格して務めている中で「公務員にはどうしようもなくみっともない慣習がある」と思っても、やめることはないと思っています。なぜなら、それはお金をもらうための「労働」にすぎないからです。ただ、開き直っているわけではないです。納得いかない「労働」を徐々に「仕事」に近づけていく努力(公務員の不合理な慣例を打破しようとするための日々の微々たるあがきを地道に取り組むこと)は無理のない範囲で続けられますし、なにより、公務員の仕事の中には「労働」だけでなく、「仕事」と感じるもの(=公務員の仕事の中でやりがいを感じるもの)があると思いますし、または私生活でも「仕事(やりたいこと)」があって、そういうことに公務員でも取り組めると思うからです。

    長々ととりとめない文章になってしまいましたが、まとめとしては「どんな職業についても嫌な部分は必ず出てきて、その嫌な部分にどうやって折り合いをつけるか。折り合いがつけられなければ(譲れないものが侵されるなら)その職業は続けられない」んだろうなと思っております。

    • たったこたさん、長文に渡るコメントいただきましてありがとうございます。
      読んでいて色々気づきもあり、大変勉強になりました。

      「シュンさんの場合は、公務員の職業があまりにも納得いかない部分が多かった(シュンさんとしては、「労働」だと感じる部分があまりにも多かった。円集合AとBとがずれ過ぎていた、あるいはずれたくない・譲れない部分がずれていた)ために離職されることになったのかなと思いました。」

      「どんな職業についても嫌な部分は必ず出てきて、その嫌な部分にどうやって折り合いをつけるか。折り合いがつけられなければ(譲れないものが侵されるなら)その職業は続けられない」
      おっしゃる通りです。

      あとは、以下の点の捉え方かなと思います。

      「納得いかない「労働」を徐々に「仕事」に近づけていく努力(公務員の不合理な慣例を打破しようとするための日々の微々たるあがきを地道に取り組むこと)は無理のない範囲で続けられますし、なにより、公務員の仕事の中には「労働」だけでなく、「仕事」と感じるもの(=公務員の仕事の中でやりがいを感じるもの)があると思いますし、または私生活でも「仕事(やりたいこと)」があって、そういうことに公務員でも取り組めると思うからです。」

      辞めてみて分かったのは、「納得いかない「労働」を徐々に「仕事」に近づけていく努力」をせずともここがほぼ一致し、かつお金もどうにかなるような世界があるということです。

      この辺は、以下の記事(https://jiseki-koumuin.com/future/)なんかも参照にしていただくと面白いかもしれません。

      僕自身はもちろんそういう世界に身を置きたいと思っており、今その実現に向けて歩んでいますが、一方、たったこたさんのように、「労働と仕事を近づける努力をしながら、トータルで幸せを感じる」というのは素晴らしいことだと思いますし、結局それは「幸せ」を個人がどう感じるかというところに依存する問題かなと思っています。

      最後に、現在公務員を目指していらっしゃるということで、心から応援いたします。
      頑張ってください!

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