縦割り行政を考える!元職員として感じた弊害・問題点を語ります

こんにちは、shunです!

いつも当ブログをご覧いただき感謝しております。ありがとうございます!

 

さて、今回は縦割り行政がテーマです。

 

行政=縦割り。

よく言われることですよね。

 

僕自身、県庁に勤めていてこの縦割りについてどう感じたかを含めて書いていきたいと思います。

 

これから公務員を目指す方にとっても、役所の実態を知る上でお役に立てる記事になればと思います。

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行政は縦割りなのか?

たらい回しにされる住民?

縦割り行政でパッとイメージするのは、ある課に相談に行ったら、それはあちらの課です、いやそれはあちらの・・・みたいにたらい回しにされるような状況ではないでしょうか。

 

最近はワンストップ窓口を設ける自治体も多くなってきているようですが、例えば出生届の担当は市民課で、児童手当の担当は子ども課でといった感じで、問い合わせの際に別々の課が対応するようなケースは多々あります。

 

利便性という点で考えた場合、確かに不便な側面があることは否めません

 

また、案件によっては、たらい回しにされた挙句、何の解決策も得られないで、そこに憤りを覚えられる方もいらっしゃると思います。

 

(余談ですが、黒澤明監督の映画「生きる」では、住民に対しそういった対応をする役所のシーンが描かれています。

今までは事なかれ主義だった主人公の課長が、余命を知り、住民のために役所の組織に立ち向かって行く名画です。

その中で主人公が、事なかれ主義だってそれまでの役所人生を評して「ただ忙しくて、ただ退屈なだけだった」という言葉を発するのですが、これが僕にはかなり響きました)

 

もちろんその前提は認める一方で、何でこの課にこの問い合わせ?みたいなトンチンカンなケースも結構あります。

(しかもそういう方に限って、問い合わせ内容が意味不明だったり、全くこちらの話を聞かずに一方的にまくし立てたりする

 

自分からたらい回しにされに来て、それに怒っているような方も結構いるわけです。

 

サイレントマジョリティーという言葉が示すように、少数派のほうが圧倒的に声が大きいですから、このように自分で勝手に舞い上がってしまっているケースが取り上げられて、必要以上に縦割りのマイナスイメージが強くなっているであろう点は否めません。

 

もちろん、縦割りがプラスだとも思いませんが、人は万能ではありません。

 

AIならやってくれるかもしれませんが、全てのことが1つのところで済むと思ってしまっているのは、正直想像力不足なのでは?というのは個人的に思うところです。

 

単に公務員バッシングのネタにされているような点も感じるところではあります。

 

縦割りの弊害について簡単に理解するにはシン・ゴジラを見ましょう

以上、敢えて縦割りへの反論も含めてお話ししてきましたが、それでもやはり縦割りの弊害が目立つ時の方が大きいです。

 

縦割りのまずさが非常に分かりやすく表現されているのが映画「シン・ゴジラ」で、ゴジラへの対応について各省庁のトップたちがやり取りをするシーンです。

 

縦割り判断があんなに正確かつスピーディーに行われることはあまり無いですが(笑)、縦割りというものが何を意味するのかが良く分かる、そしてまさに日本の行政を示した良い例のように思います。

 

要は、自分たちの立場を守ることが中心になってしまい、本質的なこと(例えばシン・ゴジラで言えば、すぐに住民を避難させ、すぐにゴジラを攻撃すること)からズレるということが行政では往々にしてあります。

 

縦割りというのは、ある意味でそれぞれの分野にスペシャリスト達がいるとも言えますので、各々が「俺これやる」「私これ」みたいな感じで一つの目標に向けて集中していけばとても大きな効果を発揮し得ます。

 

それが、失敗して責任を負いたくない、仕事が既に多すぎるので新たなものを引き受けたくない、厄介なことはしたくない、引き受けて対応したところで何かインセンティブがあるわけではないし・・・、といったところがまず前提に来てしまう

 

その前提のもと、業務の押し付け合いに終始することも多々あるわけです。

また、前提がそこだとすれば、当然問題解決に当たっての効果的な策が出て来るはずがないわけですね。

 

ちなみに、ここを調整する役割を担う部署が当然あるのですが、これもまた動かないケースが多い。

一番面倒だし、難しく、大変な仕事ですからね。

 

なので、これが出来る人は本物ですし、出世もします。

(出来なくても出世しますが・・・)

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具体的な縦割り例と問題点

以下では、僕の経験を踏まえて、具体的な縦割りの事例とその問題点について触れていきたいと思います。

 

部間での縦割り

例えば、議員から高齢者福祉全般に関する議会質問があり、その中に福祉ロボットの普及について言及されていたとします。

 

その場合、全体的な答弁は福祉部局が作りますが、ロボットの部分は商工部局が作ります。

 

それぞれを組み合わせて答弁が完成するわけですね。

 

他には、例えば○○計画みたいなのを作る時も、事務局の課があって、部内各課や他の部に依頼してツギハギで作ります。

 

もちろん事務局が全体像を把握していますが、詳細はあっちの部とかあっちの課が対応してねみたいな感じになることが多いです。

 

担当によっては、ただ寄せ集めたものを繋ぐだけで、全体コントロールを何もしないといったケースもあります。

 

課間での縦割り

上で書いたような、部をまたぐ調整というのはそこまで頻繁にはないのですが、同じ部内の各課が縦割りであるために発生する調整はたくさんあります。

 

うちの課にも関連する案件なのに勝手に部長に話すなとか、その話は聞いてないだとか、そういったトラブルは日常茶飯事ですね。

 

あとは、メインの課があって、別の課はごく一部しか関連しない事業なのにぞろぞろと部長室に大人数が入って行ったりとか、明らかに人件費の無駄とも思えるようなケースも多くありました。

 

全体的に、情報共有がうまく出来ていないことで縦割りの悪い点が強調されているケースが多かったです。

(逆に情報共有さえしっかり出来ていれば、業務自体が縦割りであってもそれが問題点とは認識されないです)

 

係内での縦割り

とにかく業務が細分化されているので、係内、つまり各担当者間も縦割りです。

 

市民課みたいな部署はある程度誰でも対応できるのでしょうが、むしろ多数の課では、隣の人は何をやっているか程度は分かっていても、代わりに対応をすることは全く出来ないというケースが多いです。

 

せいぜいフォローできるのは係長クラスの人といったところでしょうか。

→それが出来る係長ならまだ良いですが、全然フォロー出来ないような人も結構いました。

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縦割りの解決策は何か?

究極の縦割りこそが最強

上で書いてきたものを見てくると、縦割り=悪いことといった印象を抱くのではないかと思います。

 

ここで、そもそもどうすれば効果の高い施策を実施できるかという観点で考えてみます。

 

本当に効果のある施策を行いたいのであれば、選択と集中が必須です。

人の能力を出来る限り少ないもの、かつ得意なものに集中させたほうが、絶対に得る効果は高い。

 

つまり、少ない施策について、各人がそれぞれに自分の強みを発揮出来るような形で取り組んでいくことが重要です。

 

例えば、ある施策について、Aさんはデータの整理・分析、Bさんは外部との交渉、Cさんは・・・といった感じで、それぞれの強みを活かして対応していくのがベターということになります。

 

そうなると、ある施策のある部分について深く知るには、担当者に聞くしかないということになります。

 

これって、縦割りと言えば縦割りですよね。

 

究極の縦割りで究極のチームを組んで事業に取り組んでいく。

 

これが僕の考える仕事の理想像です。

 

現状の問題点

現状の問題は、こういった理想の姿についての整理がなされないまま、強みなどは無視され、○○という事業と△△という事業がAさんに、□□という事業と××という事業がBさんに渡されていることです。

 

AさんもBさんも各事業についての担当として何でも屋にならざるを得ず、事業を実施する中の一部にしか強みが活かされない。

 

また、事業の実施過程で、苦手なこともやらなければならないので効率が悪い。

(これを、俺たちもやってきたのだから当然だくらいに思ってしまっている上司も多い)

 

しかも、たくさんの事業をやっているので、一つ一つの事業に大した効果が出ない。

 

こういった仕組みでは縦割りの悪い面だけが強調されることになります。

 

じゃあどうするのか?→仕事を減らせ

じゃあどうするかと言えば、とにかく仕事を減らすしかないです。

 

新規事業は厳選し、むしろ既存事業の中で、各人の強みを活かして集中して取り組めば効果が高いと想定される案件に注力していく。

 

前例でやっているような誰も見ない無意味な統計、調査モノや、周りの自治体がやってるからやっているだけの効果が不透明な事業はスクラップする。

 

浮いた時間で、チームとして進むべき方向を明確にするミーティング時間を確保する。

 

書くのは簡単ですが、実現するのは非常に難しい。

 

ここは強烈なリーダーシップが必要とされます。

 

課長が強ければ変えられるでしょうが、課長になるとさらに上のポジションも見えてきたり、議員や住民からつつかれるのが嫌なので、あまり変わったことはしたくないというのが現実でしょう。

 

一番いいのは、首長が力を発揮してくれれば確実に変わります。

ただ、基本的に首長は政治家です。

選挙で負けたら終わりの立場です。

 

事業を増やすならまだしも、減らす方向に動かそうとする人はほとんどいません。

 

このように、結局は何だか本質とズレているスパイラルが行政を取り巻いています。

なんというか国全体がこんな感じですよね。

 

職員一人一人が優秀な能力を持っているとしても、仕組みに絡め取られて、本当は10進めるものが1しか進めない、そしてそれを仕方ないものとして了解しながらやっている(人によってはその遠回りすることを高いレベルでこなすことに誇りを持っている)、そんな閉塞感を現場の中では常に感じていました。

 

漫画ハンターハンターで言えば、自分が強化系なのに具現化系と操作系の修行ばかりやっている。

まさに「メモリの無駄遣い」をしている感じです。

分かる人には分かりますかね(笑)

 

まとめ

なんだか、嘆いて終わるような感じになってしまいましたが、まずは担当者から地道に意識して仕事に取り組むことが大切なのかなぁと思います。

 

余計な仕事をやらないというのは工夫すれば結構出来ますしね。

文章のお体裁にこだわる時間を削る、どうでもいい会議には出ない、事業スクラップを積極的に行う(物によっては大変ですが)などなど。

 

ただ、正直僕は、組織としては絶対に変わらないと思ったし、自分が変えるとしても回りくどすぎて、人生における時間がもったい無いと感じたのは事実です。

 

一方で、経済産業省の「不安な個人、立ちすくむ国家」みたいなレポートが出てきたのは、一筋の光明が見えてきている部分もあるのかなとは思っています。

 

こういう人たちに、本気になって国のあり方を変えて欲しいと切に願います。

 

今回も貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当にありがとうございました!

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